新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の変異株が懸念されています。これまでファイザー社やモデルナ社のワクチンを接種した人の血清を調べたところ、変異株に対する抗体が不十分だったというデータは報告されていましたが、それが実際にワクチンの効果に影響を与えるかどうかまでは不明でした。今回、アストラゼネカ社のワクチンを南アフリカで接種したところ、実際にワクチンの有効率が低下(効果なし)したという臨床試験の結果が報告されました。
【試験について】
試験が行われたのは南アフリカで「症候性のCOVID-19を防ぐ効果がワクチンにあるかどうか」(ウイルスの種類を問わない)をみるために行われた第1-2相試験です。
18-65歳のHIV非感染者を対象にワクチンとプラセボを1:1に投与しました。登録時点でコロナに対する抗体がない人を対象にワクチンもしくはプラセボ2回目投与14日以上経過した後、COVID-19をどれだけ防げるかというのが主要評価項目です(登録時点で抗体がある人も参加はできますが主要評価項目の分析には含めない)。
南アフリカ変異株(B.1.351 variant)に対する有効率は2次的な評価項目でしたが、実際には後述するように感染者の殆どが変異株でしたので、実質的に変異株に対する効果があるかどうかをみていたのと変わりがない結果でした。なお有効率が60%以上あるかどうかをみるために試験が行われています。また、元々のコロナウイルスと変異株に対する中和抗体に関しても調べています。
【結果】
ワクチン・プラセボともに約1000人ずつが投与され、そのうち750人・717人が主要評価項目の解析対象となりました(対象とならなかった主な理由は登録時点で抗体があったから)。被験者の年齢の中央値は30歳、男性56.5%、人種はBlack Africanが70%、白人12.8%でした。1人が1回目のワクチン接種後に40度の発熱を認めた以外は重篤な有害事象はなく、発熱は24時間以内に軽快しました。
結果としてワクチン群では19/750(2.5%)、プラセボ群では23/717(3.2%)に軽度から中等度のCOVID-19を発症しました。ワクチンの有効率は21.9%(95%信頼区間 -49.9-59.8%)で有効性は示せませんでした。42人の発症者のうち39人が南アフリカ変異株によるもので、変異株に対する有効率は10.4%でした(論文中にはno efficacyと記載されていました)。
ワクチン2回目投与後14日経過した時点で接種者の血清を採取しました。解析の対象となった13人のサンプルのうち、11人の血清は変異株(厳密には偽ウイルス)に対する中和抗体がありませんでした。またプラセボを投与した既に非変異株に感染していた6人の患者の血清について調べています。全員が非変異株に対する抗体がありましたが、変異株の中和抗体については2人は抗体がなく、3人は抗体が少なく、抗体価が変わらないのは1人という結果でした。
【論文内でのDiscussion】
今回、COVID-19を発症した42人は全員mild-moderate(注:論文内での表現なので日本の軽症・中等症とは違います)で、入院を要した人はいませんでした。試験は変異株に対する効果があるかどうかをみるために行われたものでもありません。これらのことから、ワクチンが「変異株による重症のCOVID-19を防ぐ効果があるかどうか」については結論を出せません。
しかしながら、生体内での意義がどれほどあるかはわからないとはいえ、中和抗体が少ないことも示されました(注:効果がないことに裏付けがあるという意味だと思います)。
これまでモデルナ社やファイザー社のワクチンを打った人でも、南アフリカ変異株に対する中和抗体の活性が低いことが示されていました。ノババックス社のワクチンについてもまだ論文は出ておらずプレスリリースの段階ですが、南アフリカ変異株に対する有効率が低いことが発表されています。南アフリカで行われたヤンセン社のワクチンについては有効率57%という結果でしたが、症状が3つ以上あることを必要としており、多くの軽症例を除外している可能性があることにも注意が必要です(注:有効率を直接比較できないという意味です)。
現在、第2世代のワクチンとしてブラジル変異株や南アフリカ変異株に対するワクチンが開発中ですが、2021年の大部分で手に入るワクチンは非変異株に対するワクチンです。アストラゼネカ社のワクチンも30億回分のワクチンが世界中に届けられる予定です(注:現在、血栓症を理由に接種が中断されている国もあります)。このワクチンの使用については、南アフリカ変異株がどれほど流行しているかを考慮して熟慮する必要があります。
【個人的な感想】
まず、臨床試験が行われた南アフリカの感染では感染がかなり流行していたことがわかります(両群ともに被験者の2-3%程度が期間内に感染)。
これまで変異株に対してワクチンの有効性が劣る可能性が試験管レベルでは示されてきましたが、実際の人体でどうなるかということはわかっていませんでした。しかし残念ながら、実際に有効性が落ちてしまう(しかも殆ど効果がないレベルまで低下してしまう)ことが、今回の試験で示されました。既に変異株に対するワクチンが開発中とのことですが、今後のワクチン開発の戦略に大きな影響を与える結果になりました。
また、有益な情報が出ましたらアップデートして参ります。
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