※この記事は私が勤めるクリニックのホームページに2月29日に投稿したものです。
今回の記事は「そもそも検査で陽性・陰性が意味するものは何なのか?」「なぜ、疑われない状況で検査をすべきではないのか?」「検査をすべき状況とはどういう状況なのか?」といった非常に重要な問題に触れていきます。
コロナウイルスの問題を受けて作成した記事ですが、一般論として汎用できる重要な内容です。
たとえば、インフルエンザの迅速検査で「陽性」「プラス」という判定がなされるとインフルエンザという診断が確定し、検査で「陰性」「マイナス」という判定がなされるとインフルエンザではなかったと考えられる方も多いかもしれません。しかし、これは正しくありません。
医師からの説明で、検査で「陰性」でもインフルエンザの可能性があるということをご存知の方もいらっしゃるかもしれません。また、殆どの場合、インフルエンザの検査陽性は本当にインフルエンザであるため医師でも頭から外れがちなのですが、実は検査で「陽性」でもインフルエンザではない可能性が2つの意味であります(次の記事で答えを述べます)。
なぜ、このようなことが起こるのでしょうか?答えは、検査が万能ではなく不確実なものだからです。
検査に限らず医学・医療の世界は常に不確実であるため、確率や統計学と相性が良い世界です(本当はクリアカットな世界の方が良いのですが)。
甚だ唐突ですが、現象には4つのとらえ方があります。
① そのように見えて、実際にそうである。
② そのように見えるが、実際にそうではない。
③ そのように見えないが、実際にそうである。
④ そのように見えないし、実際にそうではない。
「そのように見える」を「検査陽性」、「実際にそうである」を「疾患がある」と読み替えると
① 検査は陽性で、実際に疾患がある。
② 検査は陽性だが、実際に疾患がない。
③ 検査は陰性だが、実際に疾患がある。
④ 検査は陰性で、実際に疾患ではない。
検査が万能な世界では②と③は存在しませんが、実際には検査が万能ではないため②と③が存在します。②のことを「偽陽性」、③のことを「偽陰性」と呼びます。これは意味を考えれば、感覚的に理解できると思います。
さて、検査が万能ではないということを認めたうえで、①と④は疾患の有無を正しく判定できているので、我々が知りたいのは①と④の確率です。
つまり、「検査が陽性と出た人のうち、本当に疾患があるのは何%なのか?」といったことや「検査が陰性と出た人のうち、本当に疾患がないのは何%なのか?」といったことです。専門用語を使うと①は陽性適中率、④は陰性適中率ですが、大切なのは用語ではなく概念の理解です
これを知るためには別の角度から見る必要があります。その鍵となるのが「感度」と「特異度」です。感度と特異度は、疾患があるか・ないかという議論だけでなく使える考え方ですが、ここでは疾患があるか・ないかという点だけに着目します。少し難しい内容ですが、ぜひ理解頂きたい内容です。
「感度」とはある疾患に実際に罹患している患者さん(本当の患者さん)のうち、検査で陽性になる割合です。
「特異度」とはある疾患に実際に罹患していない患者さんのうち、正しく陰性と判定される割合です。
先ほどの①や④との違いが分かりましたでしょうか?
①でいうと、本当に知りたいのは「検査が陽性と出た人のうち何パーセントが本当の患者さんか?」です。感度とは「患者さんのうち、何%が陽性と出るか?」です。順番が入れ替わっています。
感度が高い検査は見逃しが少なく、特異度が高い検査は陽性と出たら本当に陽性である確率が高くなります。仮に感度が100%だとすると、②がゼロになるため見逃しがなくなります。仮に特異度が100%だとすると、③がなくなるため検査が陽性に出た人は全員疾患があることになります。現実には感度・特異度が100%になることはありません。
感度が高い検査は陰性に意味があるため「疾患の除外」(たとえば健康診断)の目的に使われ、特異度が高い検査は陽性に意味があるため「確定診断」に用いられます。健康診断と通常の診療では一部の項目で基準値が異なります。一般に健康診断は拾い上げを目的にしているため、基準値の範囲を狭めに設定し、感度を上げています。インフルエンザなど感染症の迅速検査は特異度が高いといったものが多いです。
感度と特異度はトレードオフの関係にあり、感度を上げると特異度は下がり、特異度が上げると感度は下がります。
感度を上げようとすると、本当は異常ではないものを拾い上げてしまいやすくなり、特異度が下がります。特異度を上げようとすると、多少の異常は拾わなくなるため、今度は感度が落ちてしまいます。先ほどの例だと健康診断は感度が高い代わりに特異度は低く、インフルエンザなどの感染症の検査は一般に特異度が高い代わりに感度は低い傾向にあります。このように感度と特異度は、どちらかを100%に近づけようとすると、どちらかが下がってしまいます。実際には、現実的に有益なところで線を引いて、検査の基準値を設定しています。なお、感度・特異度とも低いという状況は成立するため、感度・特異度とも低い(役に立たない)検査も存在します。
さて、仮に感度90%、特異度90%の検査があったとして、検査結果が陽性であったときに本当に疾患がある確率は何%でしょうか?90%くらいでしょうか?
答えは・・・この情報だけではわかりません。
実は検査の特性からだけでは本当に知りたい①と④の確率は分からないのです。
これは非常に重要なことであり、仮に検査が優れていたとしても万人には勧められない理由です。
感覚的には理解が難しいため、次の記事で具体的に解説していきます。
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