COVID-19に対するレムデシビルの臨床試験の結果がpreliminary report(予備段階のレポート)という形で論文化され、New England Journal of Medicineに掲載されました!同誌は世界で最も権威のある臨床系医学雑誌です。今回はこの論文を要約、解説します。
レムデシビルに関する過去の記事です
臨床試験について述べた過去の記事です
今回の臨床試験はACTT-1(Adaptive Covid-19 Treatment Trial)という名前の試験です。臨床試験はこのように少し洒落た略語をつけるのが慣例になっています。
論文の要旨:
背景:COVID-19に対して多くの治療が試みられているものの、有効と示された薬は未だ存在しません。
方法:COVID-19による下気道感染患者を対象とした二重盲検ランダム化プラセボ対照試験です。レムデシビル群とプラセボ群を1:1に割り付けられました。主要評価項目は回復までの期間で、回復とは「病院からの退院もしくは入院していても治療目的の医療が必要にならない状態(治療は不要だが隔離のために入院しているような状態)」と定義されました。
(注釈:下気道感染とは肺炎のことです。二重盲検というのは投与する側も投与される側も、レムデシビルかプラセボか分からないという意味です。ランダム化というのはどちらの群に割り付けられるかランダムという意味です。そうすることで既知の因子だけでなく未知の因子による影響を最小化することができます)
結果:1063人の患者がランダム化されました。レムデシビル群の方が回復までの期間が短いことが分かり、早期に結果を発表することになりました。そのためpreliminary reportという形での発表になります。回復までの期間の中央値はレムデシビル群で11日、プラセボ群で15日でした。14日時点での死亡率はレムデシビル群で7.1%、プラセボ群で11.9%でした。重篤な有害事象が起きたのはレムデシビル群で21%、プラセボ群で27%でした。
結論:下気道感染をきたしたCOVID-19患者に対してレムデシビルはプラセボよりも回復期間を短くする。
臨床試験については下記の記事で述べています。
詳細に:
試験の登録は2020年2月21日から開始されました。国際共同試験であり、アメリカ(45施設)、デンマーク(8施設)、イギリス(5施設)、ギリシャ(4施設)、ドイツ(3施設)、韓国(2施設)、メキシコ(2施設)、スペイン(2施設)、日本(1施設)、シンガポール(1施設)で試験が行われました。データのカットオフは4月20日に行われました。本来は4月27日に中間解析を行う予定だったのが、急速に登録されたため、登録が終了した段階で解析を行いました。
この試験は途中でエンドポイントが変更されています。当初は「治療開始15日時点で疾患の重症度の違い」をプライマリエンドポイント(主要評価項目)にしていましたが、「回復までの期間の違い」にプライマリエンドポイントに変更されました。その理由は、COVID-19の経過が当初想定していたものよりも長引くことが分かったからです。
結果:
参加した患者の背景です。年齢の中央値は58.9歳、男性が約65%。人種は白人が53%、アジア人が12%でした。合併症をもつ患者が約80%で、高血圧が約50%、肥満37%、糖尿病30%といった様子です。発症からランダム化までの期間中央値は9日でした。89%の患者が重症(酸素投与が必要)でした。人工呼吸器やECMOを使用するような患者が25%でした。
プライマリエンドポイントである回復までの期間はレムデシビル群では11日、プラセボ群では15日でした(rate ratio for recovery = 1.32)。15日時点での重症度の改善もレムデシビル群で優れていました。14日時点での死亡はレムデシビル群で7.1%、プラセボ群で11.9%でした。
有害事象について:重篤な有害事象はレムデシビル群の21.1%、プラセボ群の27%にみられた。レムデシビル群の5.2%、プラセボ群の8.0%に重篤な呼吸不全を認めた。治療に関連したと治療した施設で判断された有害事象は両群で2つずつ認めた(盲検化されているのでプラセボでもありうる)。腎機能障害はレムデシビル群で7.3%、プラセボ群で7.4%であった。肝機能障害はレムデシビル群で4.1%、プラセボ群で5.9%であった。
(注釈:有害事象とは副作用のことではありません。有害事象は被験者に生じた好ましくない医療上の事柄のことです。従ってプラセボにも生じます。投与した薬物との因果関係があるかどうかはわかりません。起こった事象全てを記録することで、主観が入ることを防ぐことができます。英語では有害事象はadverse event, 副作用はside effectといいます。英語の方が分かりやすいかもしれません)
論文に記載されているDiscussion:
レムデシビルの投与によってプラセボと比較して回復までの期間、15日時点での症状の改善を認めました。
中国で行われた臨床試験(レムデシビルの有効性を示せなかった)との対比について。中国での試験は「重症度の2ポイントの改善を認めるまでの期間」をエンドポイントとしていました。結果としてレムデシビル群では21日、プラセボ群では23日で統計学的な有意差を示せませんでした。中国の試験では1:1の割り付けではなく2:1の割り付けであり、レムデシビル群158人、プラセボ群79人でした)。中国の試験は感染が収束してきたため、予定数を登録することができずに検出力不足でした。
プライマリエンドポイントを途中で変更することは通常許容されませんが、試験開始時点ではCOVID-19に対する知見は僅かであり、15日時点での改善をみるのでは不十分だということで回復までの期間にプライマリエンドポイントを変更しました。結果的には当初のプライマリエンドポイントも満たしていた形になりました。
今回の論文はpreliminary reportという形ですが、結果を確かめるために5月18日に行った解析でも同様の結果でした(注:おそらく今後論文化されると思います)。
この試験の結果、FDAではemergency-use authorizationとしてCOVID-19に対してレムデシビルを承認しました。しかしながら、依然として高い死亡率を考えると、レムデシビル単剤での治療では不十分なのは明らかです。他の薬との併用や他の抗ウイルス薬との併用などで更に高い治療効果がある治療開発が望まれます。
個人的な意見
COVID-19に対して初めて第3相試験で薬の効果が示された非常に活気的な試験です。preliminary reportと銘打っているので、今後更なる報告がなされるのだと思います。
対象となっている患者は酸素(のみ)が必要の患者が40%と最も多いものの、非侵襲的換気・高流量酸素が必要な患者が18.5%、人工呼吸器やECMOが必要な患者が25%と、重症度が非常に高い患者が多く含まれています。このため死亡率も全体で10%程度と高い数字です。そもそもが新型コロナウイルス患者さん全体に当てはめることを目的とした試験ではありません。
レムデシビル群の方が死亡率も低い数字でしたが、死亡率を減らすかどうか評価するための試験ではないので、死亡率を減らすかどうかはこの試験からは分からないということには注意が必要です。
レムデシビルに関して、腎機能障害や肝機能障害がプラセボより多いということもなかったようです。
この試験の結果は非常にインパクトのあるものですが、論文の最後に
It is clear that treatment with an antiviral alone is not likely to be sufficient.
と述べられているように、レムデシビル単剤で特効薬的な効果が期待できるわけではありません。治療の方向性としては併用が主軸になっていくのでしょうか。
論文内には多くの困難があったが高いモチベーションでチャレンジしたと述べられており、このような状況の中でも世界中で協力して新たな治療を開発できるということに大変勇気づけられました。
今後も更なる報告が期待されます。
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