重症COVID-19に対するレムデシビル5日投与と10日投与を比較した論文が発表されました。結論からいうと、5日投与でも10日投与でも「効果は同様」という結果でした。
なお論文のタイトルがsevereになっているため「重症」と訳しましたが、ここでいう重症とは人工呼吸器をつけるような状態ではなく、肺炎によって酸素化が低下している状態を指しています(肺炎としては中等症以上と考えるレベルです)。
前回の記事です
論文の要旨
背景:レムデシビルはRNAポリメラーゼ阻害薬でCOVID-19に対して試験管内や動物で効果が認められています。
方法:SARS-CoV-2に感染した入院患者でSpO2 94%以下かつ画像的に肺炎を認める患者を対象とした第3相ランダム化非盲検試験を行いました。患者はレムデシビル投与5日間群と10日群に1対1に割り付けられました。主要評価項目は治療開始14日時点での臨床状態(7段階で評価)としました。
(注:SpO2が94%以下ということは肺炎が進行していることを意味しています)
結果:合計397人が登録され、200人が5日間投与群、197人が10日間投与群に割り付けられました。投与期間の中央値は5日投与群で5日(四分位範囲5-5日)、10日投与群で9日(四分位範囲5-10日)でした。治療開始前の臨床状態は10日群で有意に悪い状態でした。治療開始14日時点で2ポイント以上のスケール改善がみられたのは5日間投与群で64%、10日間投与群で54%でした。治療開始前の状態を補正した後の解析では両群は同様の成績でした。
結論:人工呼吸器を要さない程度の重症COVID-19患者に対しては、レムデシビル5日投与と10日投与では有意な差を認めませんでした。しかしながら、プラセボ群がないため、どれだけの利益があるのかは本試験からは分かりません。
詳細に
背景:
COVID-19に対するレムデシビルの投与期間は動物実験やMERS、エボラ出血熱からの経験によって10日が標準的です。効果を失うことなく短期間での投与が可能であれば、入院期間が減少する・薬による有害事象を減らす・多くの人にレムデシビルを届けることができるようになるといった利益がもたらされます。
方法:
SARS-CoV-2感染患者のうち、肺病変が画像で確認され、大気下でSpO2 94%以下の患者を対象とした試験です。人工呼吸器やECMOを装着している患者、多臓器不全の患者は除外しました。
登録は2020年3月6日から3月26日にかけて行われました。参加したのはアメリカ、イタリア、スペイン、ドイツ、香港、シンガポール、韓国、台湾の55施設です。患者は5日投与群と10日投与群に1:1に割り付けられましたが、層別化はされませんでした。
(注:ランダム化比較試験では年齢、性別、人種、臨床状態など治療に関係しそうな因子を事前に層別化したうえでランダム化することが一般的です)
この試験では3月15日にプロトコールが改定されており、主要評価項目が「14日時点での体温正常化」から「14日時点での臨床状態(7段階評価)」に変更されています。この変更はCOVID-19に対する知見が深まったために行われています。
2次的なエンドポイントはレムデシビル投与30日内に有害事象が起こった患者の割合です。事前に定められた探索的なエンドポイントとしてはスコア2点以上の改善までの時間、回復までの期間、死亡率をあげています。
結果:
402人の患者が登録され、397人が治療されました。5日投与群に197人、10日投与群に200人が割り付けられました。登録から治療開始までの状態悪化などの理由で、結果的に10日治療群の方が状態が悪い患者が有意に含まれました。
5日投与群では172人(86%)の患者が治療を完遂しました。完遂できなかった理由は退院8%、有害事象4%でした。死亡により完遂できなかった患者はいませんでした。10日投与群では86人(44%)の患者が治療を完遂しました。完遂出来なかった理由は退院35%、有害事象11%、死亡6%でした。14日時点で、5日治療群の8%、10日治療群の11%が死亡しました。
効果:
5日治療群の65%、10日治療群の54%が14日時点で臨床スケール2点以上の改善を認めました。ベースラインでの状態の違いを補正すると、両群の違いは「同様」(similar)という結果でした。
それ以外のエンドポイントも両群同様の結果でした。5日治療群対10日治療群で比較すると回復までの期間の中央値は10日対11日、入院期間は7日対8日でした。数字上の死亡率は5日群の方が少ない(8%対11%)という結果でした。
5日以上の治療によって利益が得られる患者をみつけるために事後解析を行いました。治療開始5日時点での酸素サポートの状態から探索しています。治療開始5日時点で人工呼吸器やECMOを装着している患者では5日治療群では死亡率が40%、10日治療群では死亡率が17%でした。非侵襲的陽圧換気や高流量酸素、低流量酸素を受けている患者、酸素投与から離脱した患者では、5日以上の治療による改善は認めていませんでした。
安全性:
有害事象が起こった割合も両群で同様で、5日投与群で70%、10日投与群で74%でした。重篤な有害事象は5日投与群で21%、10日投与群で35%でした。最も頻度の多い有害事象は悪心(10% VS 9%)、急性呼吸不全(6% VS 11%)、ALT上昇(6% VS 8%)、便秘(7% VS 7%)でした。有害事象で治療が中止になったのは5日投与群で4%、10日投与群で10%でした。
(注:悪心とは吐き気のことです)
論文内でのdiscussion
COVID-19による肺炎に対してレムデシビル5日投与と10日投与の効果の有意な差は認めませんでした。本試験ではプラセボ群がないので、レムデシビルの効果がどれほどあるのかは分かりません。
現時点ではレムデシビルの有効性に関する報告はあくまで前段階の報告(注:前回紹介した論文のことです)ですが、もし本当にレムデシビルに効果があるのであればレムデシビルの供給制限が起こりえます。そのような場合に、今回の試験の結果によってより短い治療期間が可能になるため、供給制限を改善することが期待できます。
本試験では、医療資源が限られるパンデミック下で行われており、退院可能な患者であれば、プロトコール治療が終了しているしていないにかかわらず、早期退院をする方が適切だという考えのもとに行われました。その結果、10日治療群の44%しか治療を完遂していません。
治療中に人工呼吸器装着まで悪化した患者に関しては10日治療の方が利益があるかもしれません。このようなグループや免疫不全者のような高ハイリスクグループに対しては更なる評価を行い最適な治療期間を探していくことが求められます。
個人的な意見
本試験はCOVID-19による肺炎に対してレムデシビルの投与期間が短縮できるかどうかをみるために行われた試験です。
治療期間の短縮によって医療資源に制限がかかった状況でも、より多くの患者さんに治療を届けることが可能になります。
本試験は登録期間が僅か21日という非常に短い時間で試験を終えています。その短い間にもエンドポイントの変更があるなど、かなり差し迫った状況で行われていたことが伺えます。また、治療完遂率が状態の悪化以外の理由によって低いことなどは臨床試験という管理された環境下では極めて異例です。
感染症に限らず最適な治療期間をみつけるというのは難しく、多くの疾患で最適な治療期間に関する良質なエビデンスは多くありません。
1つの理由としては製薬会社にとって短期間の治療は利益がないので、治療期間を短縮するような臨床試験は製薬会社主導では行われにくいことがあります。そういった意味で本試験はかなり挑戦的な試験であったと思います。
また有益な論文が発表されたら記事にしていきたいと思います。
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