アビガンに関する報道について

※この記事は私が勤めるクリニックのホームページに5月7日に投稿したものです。

私は普段から医療に関する情報をテレビや新聞記事から集めないようにしていますが、それでも時々一部の報道を目にすると沢山の偏った情報が流れていることに心を痛めています。

今回はQ and A形式で記事を作成しました。

 ●なぜ既にアビガンがあるのに、みんなにアビガンを投与しないのか?

現時点でアビガンは新型コロナウイルスに対して有効だという科学的な証拠(エビデンス)がないからです。つまり、現時点ではアビガンは「治療薬」という位置づけではありません。効果があるかどうか分からないものは「薬」ではなく「化合物」です(もっともアビガンやレムデシビルは既に他の疾患に対する薬なので単なる化合物ではないのですが)。

もちろん、私もアビガンが新型コロナウイルス感染症に対して有効であってほしいと切実に願っています。しかしながら現在行われている臨床試験の結果、有効ではないという結論に至る可能性も十分あります。そうなると投与する患者さんには効果がないだけでなく毒性・副作用だけを負わせてしまう形になります。

アビガンを含め新型コロナウイルス感染症の薬として期待されるものがある中で、なぜ全員に投与しないかというと効果があるかどうか分からないものを投与するのは倫理的な問題があるからです。

ある化合物が「治療薬」というように判断されるためには適切なデザインに基づいた臨床試験を経て効果を確認する必要があります。アビガンの投与に慎重な医師が多いのは「化合物から薬になる難しさ」を知っているからです。

●アビガンを承認しないのは政府の怠慢でないのか?日本の承認は遅いのではないか?

上記のようにアビガンの臨床試験は現在進行中であり、まだ承認できる段階ではありません。

現在、世界中で過去に例をみない速度で多くの臨床試験が行われており、厚生労働省も有効なものがあれば早期承認をすると思います。

世の中のイメージと違うと思いますが、日本は世界の中でも薬の承認が早い国です。私も医師になるまでなんとなくのイメージで日本は薬の承認が遅いのだと思っていました。

よく欧米といいますが、医療の世界では「欧」と「米」は全く違います。確かにアメリカは世界で一番承認が早い国であることが多いです。ただしアメリカでは公的保険の制度が十分でなく日本より遥かに高いお金を払える人しか医療を受けられません。反対にヨーロッパでは日本と同じように公的な財源で医療をカバーされていますが、それ故に費用対効果に劣る薬はそもそも承認されない傾向にあります。その最たるところがイギリスです。日本で使える抗がん剤がイギリスではコストパフォーマンスを理由に使えないことは珍しいことではありません。なお日本には高額療養費制度があるので、どれだけ高い薬を使っても患者さんが負担する額は約10万円が最大です(年収にも寄ります)。

日本では臨床試験によるエビデンスがあればコストパフォーマンスを理由に承認されないことはありません。そして、保険で承認されれば幅広い人に使えます。そういう国は世界中でも極めて稀です。

勿論日本の医療にも優れていないことはありますが、医療機関や薬へのアクセスの良さは世界でトップクラスです。何でもかんでも欧米が優れているわけではありませんし、何でもかんでも国や官僚を批判すれば良いわけではありません。

今回の新型コロナウイルスに関して死亡者数は圧倒的に日本よりも欧米の方が多いのが現状です。日本の方法が良かったのかもしれませんし、たまたまなのかもしれません。それを判断するのは時期尚早ですが、少なくとも悪手を打ち続けているわけではないと思います。メディアでは「海外では・・・・、日本では・・・・」という報道がされていますが、海外のやり方がよく見えるのは隣の芝生が青く見えるのと同じ理屈です。新型コロナウイルス感染症に対する介入と結果に関する評価は現時点で出来ません。

●抗ウイルス薬開発の難しさ

抗ウイルス薬は薬の中でも特に開発が難しく、殆どのウイルス感染症には治療薬がありません。

日常多くの人がかかる「かぜウイルス」には薬がないことはよく知られています。日本で診療するようなウイルスで、治療薬があるウイルスはインフルエンザウイルス、ヘルペスウイルス、サイトメガロウイルス、HIV、B型肝炎、C型肝炎くらいです。C型肝炎は最近になって治癒が期待できるような薬が使えるようになりました。

「薬がなくて問題ないのか?」「やっぱりウイルスは怖いのではないか?」と思われるかもしれませんが、殆どのウイルスは薬を使わずとも人間の自然免疫力で短期間のうちに治ります。「ずっと感染していて治らなくて困る」というウイルスの方が少ないのです。我々、医師の中では「ウイルス感染」というと「あまり怖くない一過性のもの」という文脈で使うことが多く、患者さんとのギャップが大きいと思います。

薬の開発が難しい理由は色々ありますが、科学的な理由だけでなく、社会的な理由として多くのウイルスは自然に治るという特徴も抗ウイルス薬の開発を難しくしています。要するに開発コストに見合うだけの効果が得られないわけです。日本ではインフルエンザと診断した場合、抗インフルエンザ薬を処方するのが一般的ですが、世界の中ではかなり異色の医療といわれています。タミフルなどの抗インフルエンザ薬は特効薬とまではいえず、せいぜい治るまでの期間を1日程度短縮する効果しかありません。世界の殆どの国では日本ほど医療機関へのアクセスが良くないので、それならば受診はせずに家で休もうという考えです。抗インフルエンザ薬の大部分は日本で処方されているといわれており、これではインフルエンザのような自然に軽快する疾患に対する薬の開発は進みません。

実際に新型コロナウイルス感染症も、現在まで有効といえる治療がないにもかかわらず、殆どの人は軽快しているわけです。ただし、新型コロナウイルス感染症の場合は少なからぬ確率で重症化し、死に至ります。こうなると「自然に治るから治療薬は不要」というわけにはいかず、世界中で治療薬の開発が急速に行われています。

●なぜ作用機序で判断してはいけないのか?

「アビガンの作用機序を考えたら早期投与の方が効くはずだ、なぜ早期投与しないのだ」という意見も耳にします。これは当然の疑問です。私も医学生のころに薬理学を習いたての頃だったら同じ疑問を持っていたと思います。ところが、臨床医学を知ると薬の理論的なメカニズム通りにはいかないということが余りにも多いことがわかります。その主たる理由は、現代の医学で分かっていないことが多すぎるということになります。

「〇〇の原因となる〇〇を阻害する」といっても、実際にはそれ以外の多くの因子が絡んでおり、上手くいかないことだらけなのです。もし薬のメカニズム通りに臨床的な効果が得られるのであれば、臨床試験まで辿り着いた抗がん剤の開発は殆ど全て上手くいくはずです。しかし、ご存じのように抗がん剤の開発の多くは成功しません。

また、仮にメカニズム通りに薬が効いたとしても、それが臨床的な便益につながるかどうかは別問題です。CAST試験という約30年前に行われた有名な臨床試験では、心筋梗塞後の不整脈に対して抗不整脈薬を使うと、不整脈は治まるものの、生命予後は悪化するという結果があり、当時の医師に衝撃を与えました。つまり目の前の状態を抑えることができても、副作用まで踏まえてトータルで便益がなければ、治療の意味はないどころかデメリットにすらなりうるのです。

理論は大切です。しかし我々は医学の中のほんの僅かな部分を理解しているに過ぎず、未知の部分が多くあります。従って、理論で上手くいくように思えることでも、必ず検証が必要です。このような姿勢をEvidence Based Medicine(証拠に基づいた医療)といい、様々な分野で用いられています。薬の場合には臨床試験で効果を確かめる必要があります。

●臨床試験は人体実験ではないのか?倫理的な問題はないのか?

臨床試験は「ヒトを対象とする研究」であるため人体実験の要素が間違いなくあります。ただし、多くの方がイメージされるような「人体実験」とは大きく異なります。

臨床試験は、ヒトを対象とする研究であることへの倫理的な問題を解決するため厳しい管理の下に行われます。おそらくは多くの人が疑問にすら感じないであろう細かなことまで気を配られており、ブレーキも沢山あります。想像がつかないかもしれませんが、あまりにブレーキが多いので研究が進まない要素があるのです。

反対に臨床試験というプロセスを経ずに、効果があるかどうか分からない薬を投薬することの方が倫理面での問題があります。我々医師が人を相手にメスで傷つけたり、放射線を照射したりすることが許されるのは医療行為として正当性があるからです。勿論、薬も副作用がある以上、正当性がなければ投与できません。

本来であれば、効果があるかないか分からないような治療をする場合は院内の倫理委員会で判断する必要があります。ただし医療には外部の判断を待っていられない場面もあるので、程度と状況次第の要素もあります。

いずれにしても臨床試験=悪の人体実験ではなく、適切な管理下以外で承認されていない薬を使用することに倫理的な問題があることを知って頂きたいと思います。

次回の記事では薬の開発について述べたいと思います。

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