COVID-19に対するデキサメタゾンの効果を示した論文がイギリスから報告されました。
試験の名前はRECOVERY (Randomized Evaluation of Covid-19 Therapy) trialです。
エンドポイントが「死亡」になっていることの価値は非常に大きいと思います。
日本でも本試験の結果を受けて、デキサメタゾンの使用を厚生労働省が認めました。
【論文の要旨】
背景:COVID-19は広範な肺のダメージを起こします。ステロイド薬は炎症由来の肺損傷を調節し、呼吸不全への進展や死亡を減少させる可能性があります。
方法:COVID-19入院患者を対象に非盲検試験を行いました。患者はデキサメタゾン(6mg1日1回、内服もしくは経口で最大10日治療)もしくは通常のケアのみを行う群にランダムで割り付けられました。プライマリエンドポイントは28日時点の死亡率です。
結果:2104人の患者がデキサメタゾン群に、4321人の患者が通常ケア群に割り付けられました。全体で、デキサメタゾン群の死亡率は22.9%、通常ケア群の死亡率は25.7%で、デキサメタゾン群の方が有意に少ない結果でした。ランダム化時点での呼吸状態によって効果の違いがありました。人工呼吸器を装着していた患者では29.3% vs. 41.4%、人工呼吸器を要さないが酸素を必要としていた患者では23.3% vs. 26.2%でしたが、酸素が必要ない患者では17.8% vs. 14.0%でした(いずれもデキサメタゾン vs. 通常ケアで表記)。
結論:COVID-19入院患者における28日死亡率は、デキサメタゾンの投与によって人工呼吸器・酸素投与が必要な患者では低下したが、酸素が必要でない患者では低下しなかった。
【詳細に】
背景:イギリスでは入院を要するCOVID-19患者の死亡率は約26%です。レムデシビルは回復までの期間を短くするものの、死亡率を低下させる薬は未だ存在しません。
鳥インフルエンザ、SARSでは宿主の免疫反応が重症化にかかわると考えられてきました。これまで重症ウイルス感染に対するステロイドの効果は議論がなされてきました。
エビデンスが少ないため、COVID-19に対する多くのガイドラインではステロイドの使用は”contraindicated” もしくは”not recommended”と記載されています。
方法:RECOVERY試験はイギリスの176の医療機関で行われました。デキサメタゾン群と通常ケア群を1:2でランダムに割り付けました。試験開始時点ではCOVID-19の特徴が分かっていなかったためサンプルサイズを見積もることができませんでした。途中で通常ケアでは死亡率が20%程になることがわかりました。デキサメタゾン群2000人、通常ケア群4000人のサンプルサイズだと、デキサメタゾンによって20%の死亡を減少(絶対値で4%)低下させる効果を見込んで、両側有意水準0.01、検出力90%の検定を行えます。
結果:デキサメタゾン群に2104人、通常ケア群に4321人が割り付けられました。年齢の平均は66.1±15.7 (1SD)歳でした。64%が男性でした。合併症は糖尿病21%、心疾患27%、慢性肺疾患21%でした。ランダム化時点で16%が人工呼吸器装着、60%が酸素投与を受け、どちらも受けていないのが24%でした。
治療の効果は、要旨に述べたように人工呼吸器と酸素が必要な患者ではデキサメタゾン群で死亡率を低下させていたものの、そうでない患者には明確な治療効果を認めませんでした。人工呼吸器を装着した人の年齢は59.1±11.4歳と、酸素投与を受けていない患者より約10歳若い結果でした。症状の経過が長い者(人工呼吸器装着をしている傾向にあるもの)もデキサメタゾンの効果が高い傾向にあり、7日以上の症状を認めていた者では死亡率の低下を認めました。
副次的なエンドポイントでは、デキサメタゾン群の方が通常ケア群より入院期間は短いという結果でした(12日対13日)。また、デキサメタゾン群では人工呼吸器装着に至る患者の割合が少ないという結果でした(リスク比0.77)。
【論文内でのDiscussion】
今回の試験にはイギリスで入院したCOVID-19の15%が含まれています。通常ケア群の死亡率はイギリスの全COVID-19入院患者の死亡率と同様の数字でした。
ステロイドは、SARSやMERS、重症インフルエンザや肺炎に対して用いられてきましたが、それを裏付けるもしくは否定するエビデンスは不十分でした。ステロイドの量や疾患の重症度といった違いもエビデンスを構築する壁になっていました。
ウイルスの増殖ピークが2週目にあるSARSと異なり、SARS-CoV-2ではより早くにウイルスの排出があります。酸素投与が必要な患者や発症から1週間以上経過した患者でデキサメタゾンの効果があったということは、この時点では免疫学的な問題が主であり、ウイルスの増殖は2次的な役割にすぎないことを示唆しています。この仮説は、性質の異なる他のウイルスでは今回の試験の結果を当てはめられないことの警告でもあります。
【個人的な意見】
これまで紹介してきた論文同様に本試験も通常では考えられない速度で終えています。
試験期間中、全国(イギリス)の患者の15%が1つの臨床試験に参加するというのは信じられないような高さです。競合する他の臨床試験も沢山あったことでしょうし、臨床試験特有の適格基準/除外基準の問題もありますし、基準を満たしていても全員から同意を得られるわけではないですから15%という数字はとてつもない数字と感じます。
ランダム化試験というのは行う側の理屈の上では正しくても、参加する立場にたってみるといかにも気分の良くないものです。状況が切迫していて、患者さん側からの参加意欲も高かったことが伺えます。年齢が高い方が重症化しやすいはずですが、人工呼吸器を装着した患者は、その他の患者よりも10歳程度若かったということからも人工呼吸器が足りない状況にあったことが推察されます。日本からは想像できない程、ひっ迫した状況だったのでしょう。
COVID-19の最大の問題は、数%(母集団によっては10%以上)と看過できない確率で人が死ぬことです。ここが、かぜやインフルエンザとの大きな違いです。冒頭でも述べたように、本試験のエンドポイントは「死亡」となっており、意義が非常に大きいと思います。COVID-19最大の問題である死亡率を低下させることができました。
一方、効果が示されたといっても、依然として死亡率は高かったことには注意が必要です(試験全体で25.7% VS 22.9%、人工呼吸器を装着していた患者で41.4% vs 29.3%)。全員に同じように効く薬ではなく、一部の患者に対して効果があったということでしょうか。ランダム化時点では重症ではない患者の死亡率が高いことも気になりました。みんなが過剰な免疫で悪化するのであれば、悪化した際にはステロイドの効果があるはずですし。重症化をした患者の一部では過剰免疫の要素があり、その人たちにはステロイドの効果がある、といった解釈になるのでしょうか。
なお、論文の主旨とは直接関係がありませんが「重症者で死亡率が1/3低下した」という報道がされていますが、死亡率の絶対値が33%減ったのではありません。日常生活でも様々な場面で絶対値と相対値を使い分ける方法はとられているため、数字の印象操作には注意が必要です。
これまでの試験は、回復までの期間・ウイルスの量の減少などをエンドポイント(ものさし)としてきました。勿論それはそれで意義はあるのですが、どうしても主観的な要素が混入したり、イベント(回復した瞬間やウイルスが減少した瞬間)が発生した真のタイミングを測定できるわけではないといった測定の問題がありました。「死亡率」は測定の間違えようがない「ハードエンドポイント」(硬いエンドポイント)と呼ばれるものです。ハードエンドポイントの改善は確かな臨床的効果を裏付けています。そして当然ですが、死亡率の改善は真の便益(true benefit)でもあります。
デキサメタゾンは臨床で広く使われている薬であり、病院であれば使えないところはないと思われるほど汎用性の高いステロイド薬です。内服薬も経口薬も存在することも大きいです。安価である点も非常に大きな意味があります。
これまで重症感染症に対するステロイドの使用は「感染を悪化させる懸念」と「過剰な免疫反応を抑制するメリットがある」という2つの論点から議論が分かれる状態が長く続いてきたものの、なかなか良質なエビデンスが少ない領域でした。HIV患者に対するニューモシスチス肺炎など一般化できないような状況でのみエビデンスがある状況でした。
実際のところは、感染症が重症化して他に打つ手立てがない状況になると「経験的に」「やぶれかぶれで」「現場の判断で」ステロイドを使っていました。そして一部の患者さんではステロイドの効果が体感的には感じられるものの、果たしてそれがステロイドの効果なのかどうなのか本当のところは分からないという状態が続いていました。ステロイドという薬自体が様々な種類があるうえに、疾患ごとに様々な投与量があるため明確なエビデンスを以って投与する薬というよりも経験則に応じて投与する薬であるということも関係していました。
そういったコロナウイルスに限らない幅広い議論の中で、良質なエビデンスを提供したことに関しても意義の大きい論文だと思います。もちろん論文中に記載されているように、安易にコロナウイルス以外の感染症に拡大解釈して良いものではありません。
また、新たな論文が発表されたら報告していきます。
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