新型コロナウイルス感染症に対するワクチンとしてファイザー社のワクチン(BNT162b2、以下ワクチン)の接種がイギリスで開始されました。「有効率95%」という数字が11月に先行報道されていましたが、12月10日に論文が出ましたので報告します。
【要約】
今回のワクチンはRNAワクチンという新しいタイプのワクチンです。
2回接種のワクチンで、2回目は初回接種から21日後に接種します。接種方法は筋肉注射です。
試験はワクチンとプラセボを1:1に割り付けて接種を行いました。対象となったのは16歳以上です。
有効性は「2回目の接種から7日以上経過した後のSARS-COV-2の感染」で評価されました。
合計43448人の被験者が接種を受けました(ワクチン21720人、プラセボ21728人)。2回目の接種から7日以上経過した後にCOVID-19を発症したのはワクチン群で7人、プラセボ群で162人で、有効率は95%(95%信頼区間90.3-97.6)でした。
サブグループ解析では年齢、性別、人種、BMI、合併症に関わらず同様の効果が認められました。また、COVIDー19を発症したの中で重症者はワクチン群で1人、プラセボ群で9人でした。
ワクチンの有害事象として主に認めたのは短期間の局所痛、倦怠感、頭痛でした。重篤な有害事象は少なく、プラセボ群、ワクチン群で同様でした。
結論:16歳以上の人を対象に、ワクチンは95%の有効率を示しました。2ヶ月の観察期間での安全性は他のウイルスのワクチンと同様でした。
【詳細に】
●臨床試験について
試験は2020年6月27日から11月14日にかけて行われました。世界152の施設(アメリカ130、アルゼンチン1、ブラジル2、南アフリカ4、ドイツ6、トルコ9)で第2/3相試験が行われました。
試験に参加した43448人のうち、ワクチン接種後2ヶ月以上のフォローアップを受けたのは37706人(ワクチン群で18860、プラセボ群で18846人。そのうち2回接種したのはそれぞれ18556、18530人)でした。年齢の中央値は52歳、男女比は1:1でした。人種は白人82%、黒人9.2%、アジア人4.2%でした。
ワクチンの有効率は100✖️(1ーIRR)と定義され、IRRは1000人年当たりのワクチン群での発症率/プラセボ群での発症率と定義されました(注:ワクチン群とプラセボ群の数は殆ど同じなので、IRRはワクチン群で発症した人/プラセボ群で発症した人と考えて差し支えないと思います)。
試験の統計デザインは「ワクチンの有効率が30%以上ある確率が98.6%以上あることを示す」ことを目的として設計されています。安全性については記述的な方法を用いており、統計的なデザインは設けていません。
●安全性について
局所の有害事象、全身性の有害事象ともワクチンがプラセボより多く認めました。
局所の有害事象では疼痛の頻度が最も多かったものの、重篤な痛みを訴えたのは1%以下でした。発赤や腫脹は5%程度でした。2回目のワクチン接種でも局所の有害事象の頻度は増えませんでした。55歳以上の人の方が痛みの訴えは少なかったです。
全身の有害事象では頭痛や倦怠感の頻度が多く、それぞれ約50%、30−40%程度に認めました(55歳以上の方が少ない)。ただしこれらはプラセボでも認めており、特に若年者では頭痛も倦怠感も30%ほど認めています。プラセボと明らかに差があったのは2回目接種時の38℃以上の発熱で、若年者で16%、非若年者では11%認めています。39℃以上の発熱を認めたのは1回目接種で0.2%、2回目摂取で0.8%でした。
●有効性について
結果として、(現在または過去にSARS-COV-2に感染していない36523人について)2回目接種後7日経過してからCOVID-19を発症したのはワクチン群で8人、プラセボ群で162人でした。有効率は95%でした。ワクチンの有効率が30%以上ある確率は99.99%以上でした。
また、1回目の接種後12日目からワクチン群とプラセボ群でCOVID-19の発症に差が出てきており、潜伏期間5日と考えると、接種後7日でワクチンの効果が出てくることが示唆されます。なお、1回目の接種後から2回目接種後にCOVID-19を発症したのはワクチン群で39人、プラセボ群で82人で有効率は52%でした(95%信頼区間29.5-68.4)。
●研究の限界・注意点
本試験ではワクチンを接種した約19000人を2ヶ月フォローしました。0.01%の確率で起こる有害事象については1回以上検出できる確率は83%ですが、それ以下の確率で起こるような更に稀な有害事象については十分ではありません。
長期の安全性・有効性については明らかではありません。また、試験開始から2年フォローする予定ですが、プラセボ群もワクチンを打つようになるはずなので、プラセボ群と比較してどうなのか、といった正確なフォローはできなくなります。
ワクチンが無症候性の感染を防いでいるかどうかは本試験からはわかりません。
試験の対象とならなかった人たち、子供や妊婦などのことについてはわかりません(妊婦や子供、免疫不全者などを対象とした試験が計画されています)。
●終わりに
今回の試験ではワクチンによる免疫によってCOVID-19を予防できることが示されました。コンセプトに基づいたRNAワクチンは感染症の期待できる新しい方法です。ワクチンの開発はSARS-Cov-2の遺伝子解析が発表された2020年1月10日から開始されました。その後、わずか11ヶ月の間に安全性・効果を示すことができました。今後、新たな感染症のアウトブレイクが起こった際に、RNAワクチンは主要な方法になるでしょう。
現在のパンデミック下においてワクチンが承認されれば、他の公衆衛生的な方法と組み合わせることによって、COVIDー19によってもたらされる壊滅的な健康の喪失、経済的・社会的な健康の喪失を減らすことができるでしょう。
【個人的な意見】
●全体的に
新型コロナウイルス感染症に対するワクチンの開発が強く待ち望まれていたことは論を俟ちません。
論文中に書いてあるように、今回のワクチンは2020年1月10日から開始され、過去に類をみない速度で臨床試験が進みました。様々な要因がありますが、RNAワクチンという新たな方法をとったことが大きくあります(下に書いたように、実際にパンデミックが起こったということも大きな要因です)。
いま世界中でパンデミックをもたらしているのはSARS-COV-2です。今は考えたくもないことですが、仮にSARS-COV-2の流行がおさまったとしても、短い間隔で新たな感染症が世界中にパンデミックを起こす可能性は十分あります。今回画期的なのは、今後新しいウイルスが出てきても対抗できる方法が開発されたことにあると思います。
論文の最後は、筆者らの強い自信を感じさせられるもので、読んでいて勇気が出るものでした。最後の部分だけでも読んで頂きたいなと思いました。
●有効性について
11月に「ファイザー社のワクチンの有効率が95%」という報道がされてから、どういった結果なのかと心待ちにしていましたが、ついに論文化されました。ワクチンの有効率という言葉の使い方も初めて知りました。
ワクチンの有効率95%という言葉からは、非常に高い効果である印象を受けます。ここで「有効率95%」というのは「ワクチンを打った人のなかで95%の人はかからなかった」という意味ではなく「ワクチンを打つことによって打たなかったときと比べて何%防げるか」という意味です。従って「母集団の中でワクチンを打たなかった場合に何%感染するか」という要素にも影響を受けます。
今回の試験ではワクチンを打たなかった人、約2万人のなかで約160人がCOVID-19を発症したわけですから、試験が行われた期間中に1%弱の人が感染するという母集団でした。東京の人口に置き換えると10万人くらいが期間中に感染するイメージですから、対象となった集団ではかなりの流行があったと考えられます。
ワクチンや薬の開発は、最終的には臨床的なデータが必要になります。効果を示すためには一定数の感染者が必要になります(もちろんそうならないことの方が望ましいのですが)。世の中には「日本での臨床試験がなぜ進まないのか?」という批判的な意見もありますが、そもそも日本国内でこれだけの感染は広がっていませんでしたから、試験の進みようがないということがわかります。
今回の試験で示された「有効率95%」という数字はインパクトの強いものですが、ワクチン接種者における感染者の数が数人増えただけでも大きく変化してしまう数字なので注意が必要です。我々は常に「真の値」を知ることはできず、観測された値から真の値を「推定」することしかできません。今回のワクチンについても「ワクチンの真の有効率」は95%ではありません。
このようなぶれのある数字は「95%」という「点」のような数字ではなく「幅をもたせた数」、つまり「信頼区間」もあわせて理解する必要があります。
この幅は、対象となった人が多くなると狭く(正確に)なります。今回の試験では、サンプルサイズが大きいため、ぶれやすい数字であったとしても95%信頼区間の幅は90-97%と広くはありません。これは「ワクチンの真の有効率」が90-97%の中に収まっている確率が95%ということを意味しています。
今後別のワクチンについても次々と報告されると思いますが、異なるワクチン同士の「点の値」は単純比較はできないことにも今後注意が必要です(加えて対象者が異なることによる違いもあります)。
少し難しい話になりましたが、要するにワクチンの効果にはかなり期待できると思います。
ちなみに(というより、これが試験の趣旨ですが)論文中に書いてあるように、臨床試験的には「有効率が30%以上ある確率が98.6%以上あることを示す」というのが必要だったようで、臨床試験の解答としては「有効率が30%以上ある確率は99.9%以上」という結果でした。
単に「95%の有効率」という数字だけでなく、こういうことを知っておくと、理解が深まると思います。
●安全性について
ワクチンの有害事象の中でもっとも印象に残ったのは「2回目接種後の38℃以上の発熱」が10数パーセント出るということでした。一般的なワクチンに比べると多いという印象ですが、「COVID-19の予防」という臨床的な効果を考えれば、許容される範囲だと思います。
余談ですが、プラセボ(生理食塩水)でも数十パーセントの倦怠感、頭痛が起こったことを考えると、人間の思いこみがいかに強いか感じさせられます(さすがに発熱はプラセボでは起こらないようですが)。
非常に稀な有害事象については懸念されることではあるものの、臨床試験からは評価のしようがないので、実地で検証するしかありません。ただ、非常に稀なことについては、本当にワクチンのせいなのかどうか因果関係を証明するのは難しいことも事実です。
●その他
論文中にはあまり触れられていませんが、輸送の問題があります。
また、しばらくの間はワクチンの確保も十分ではないので「誰から打っていくか」という問題もあります。
この辺はNew England Journal of Medicine誌のオーディオインタビューでも触れられていました。
Audio Interview: SARS-CoV-2 Vaccination and Vulnerable Populations | NEJM
また新しい論文が出ましたら報告致します。
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