今回の記事では、かぜと肺炎について述べます。
今回の記事の中で、かぜとは急性ウイルス性上気道炎を意味しています。記事の大部分は新型コロナウイルス感染症が問題となる前に患者さん向けに作成したものです。2020年現在、新型コロナウイルス感染症が大きな問題となっていますが、それでも我が国における肺炎の殆どは細菌性肺炎であることは変わりありません。
よく「かぜをこじらせると肺炎になる」と言いますが、これは基本的に正しくありません。かぜと肺炎は原因が全く異なる別の疾患です。
かぜの原因は「ウイルス」であり、肺炎の原因は殆どの場合「細菌」です。
肺炎を起こすウイルスや真菌もありますが、肺炎の殆どは肺炎球菌などの細菌が原因です。誤嚥性肺炎を含めると、肺炎は非常にありふれた疾患であり、日本の一般的な病院(大学病院や専門病院ではない病院)に入院している患者さんのかなり多くは高齢者の肺炎です。
「ウイルス感染」というと何か恐ろしいイメージがあるかもしれませんが、かぜの原因になるウイルスの殆どは人間に備わった免疫力によって特別に治療をしなくても自然に治ります。ウイルスに対して抗生剤は無効ですので、かぜ(急性ウイルス性上気道炎)に対して抗生剤は無効です。
これに対して「細菌性肺炎」は基本的に抗生剤を使わないと治りません。治らないどころか、治療をしなければ直接命に関わります。従って、医師の頭の中では細菌はウイルスよりも怖く、肺炎(その殆どは細菌性肺炎)と考えた場合は基本的には抗生剤で治療を行います。
悩ましいのは、かぜも肺炎もどちらも共通して熱・咳といった症状を起こすため、初期の段階での見分けが難しいことです。「かぜをこじらせると肺炎になる」というより「最初はかぜ(ウイルス)だと考えていたが、こじらせた段階で初めてウイルスではなく細菌感染症だと疑える」要素もあるのです。
「それならば、最初から全員に抗生剤を使えば良いのでは?」と思われるかもしれません。実際にこれまで日本の多くの場所で、かぜに対して抗生剤を使われてきました。
しかし、この方法は正しくなかったことが分かってきています。
1つには薬剤耐性の問題があります。普段からかぜに対して抗生剤を使っていると、いざ必要なときに抗生剤に耐性になってしまう可能性があります。AMR(antimicrobial resistance; 薬剤耐性)対策といって最近では様々な医療機関でキャンペーンを行うようになっていますので、目にしたことがある方も多いかもしれません。
もう1つは抗生剤の副作用の問題です。抗生剤にはアレルギーや下痢といった副作用が起こることがあるので、ウイルス感染に対して無効だというだけでなくデメリットまであります。また薬物相互作用の問題もあります。よく患者さんから医師に「薬の飲み合わせは問題ありませんか?」ということをお聞きになると思います。この質問に対して殆どの場合、医師からの返答は「問題ありません」だと思います。しかし、薬の代謝経路は非常に複雑で個人差も大きいものです(もちろん現代医学で分かっていない部分もあります)。医師の頭の中にあるのは「絶対に飲見合わせてはいけない」という状況(禁忌)であり「問題ありません」というのは「禁忌ではない」という意味です。特に何種類も薬を飲んでいる場合、薬同士の相互作用に関して本当の意味で正確にはコメントできないのです。
抗生剤をお守りがわりに処方する医師、もしくは処方してもらいたいという患者さんがいますが、薬である以上は抗生剤には少なからず副作用があるのでむやみに処方するべきではありません。ちなみに細菌感染症の発症を事前に防ぐ、いわゆる予防投与に関するエビデンスは限られています。なってから投与するのとならないように投与するのでは全く意味合いが異なるのです。
このような背景から、かぜに対する抗生剤の使用を減らそうという流れが全国的に広まってきています。先ほども述べたように、かぜと細菌性肺炎には熱や咳といった共通の症状があるため、発症初期には見分けることが難しいことも少なくありません。かぜの診療は診療の基本ですが、基本であるが故の難しさもあります。
一般的に細菌感染は「単一の臓器に1つの感染」という原則があります(原則なので勿論例外もあります)。細菌性肺炎ならば熱以外の症状は咳だけ、細菌性咽頭炎ならば熱以外の症状はのどの痛みと感染に付随したリンパ節の痛みだけといった症状が典型的です。
反対にウイルスは様々な臓器に症状を起こすので「のど、鼻、咳」といった複数の症状を起こします。この違いで判断をすることが多くあります。「最初にのどが痛くなって、次に鼻水と咳が出てきた」という経過で肺炎を疑ってレントゲンをとるようなことはしません。
ただし、これはあくまで原則であり、実際にはそこまでシンプルにいかないことも多くあり症状の程度や経過を複合的に判断する必要があります。たとえば、先ほどのような訴えで受診した患者さんでもよく聞いてみると「実は多少の喉の痛みや鼻水は普段からあって、新たに出た症状は咳だけで実は肺炎だった」ということも往々にしてあります。反対に「のどだけ痛いかぜ」も多くあります。
他にも、抗生剤を処方するかしないかは目の前にある疾患自体だけでなく、患者さんの元々の状態(高齢で基礎疾患が多ければリスク許容度が低いので処方する閾値は低めにする)や社会的状況(独居なのか見守りしてくれる人がいるか)なども考慮します。
ちなみに、肺炎を疑うときにはレントゲン検査をするのが一般的ですが、肺炎の初期段階では陰影が分かりにくいことも多く、肺の中にはレントゲンでは写らない場所もあります。レントゲンで異常がないということは肺炎ではないことを意味しません。
結局のところ、1回の診察でかぜなのか肺炎なのかを100%見分けるのは不可能です。大切なのは時間経過です。多くのかぜは症状のピークは数日程度で、その後は改善していきます。一方で肺炎は自然には軽快していきません。1回の診察で絶対に診断をつけなければいけないという思い込みを捨てる必要があります。
「いまはかぜの可能性の方が高いと思うが、〇〇だったら必ず受診してくださいね」といった次につなげる言葉が大切です。○○には「だんだん悪化してくる感じがしたら」「いつものかぜとは違う感じがしたら」といった言葉が入ります。ちなみに患者さん自身が「普段のかぜとは違う気がする」と感じるのは大きな参考になります。
肺炎とかぜの対比に限らず、沢山の患者さんを診療していると、どうしても稀な経過、不幸な転帰を辿る患者さんも出てきてしまいます。それが医師のトラウマとなり過剰な検査・投薬を重ねてしまうことにつながってしまいがちです。しかし、大切なのは患者さんにとって利益をもたらす可能性が高い医療行為を行うことです。かぜ症状の診療では、使わなくてよい抗生剤はできるだけ使わずに、ただし必要だと判断した患者さんには適切に抗菌薬を使えるようしていきたいですね。
今回の記事での「肺炎」は、かぜとの見分けが要求されるような肺炎を想定して作成しました。ある種「古典的な肺炎」といえるようなものです。これに対して、いま日本で多い肺炎、死因につながるような肺炎は誤嚥性肺炎を主体とした高齢者の肺炎であり、感染症以外の要素が多く含まれます。また別の機会に述べたいと思います。
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