今年も冬になり、インフルエンザの流行期が近づいて参りました。
本年は新型コロナウイルス感染症の問題もあり、多くの変化がもたらされています。
そこで、現時点(2020年11月下旬)におけるインフルエンザ、新型コロナウイルス感染症の診療における個人的な考えを述べて参ります。一般の方、患者さんの備えとして参考にして頂けますと幸いです。
医療資源の限られるクリニックベースでの診療の考えであり、病院での診療はまた考えが異なる部分もあると思いますので、ご理解お願い致します。また、あくまで一医師の個人的な考えであり、一切の責任は負いかねますので、ご了承お願いします。特に、診療を受けられた方は、診療を受けた医療機関での指示に基づいて行動するようお願い致します。
まず、インフルエンザと新型コロナウイルス感染症に関する共通点と相違点を整理します。
●共通点
・上気道感染を主症状とするウイルス感染である。
・ともに肺炎を来すことがある。
・感染経路は飛沫感染(咳や鼻水などで感染)、接触感染である。
・症状は発熱、咳嗽、倦怠感など非特異的なものである。
・無治療でも多くの場合、自然軽快する。
・検査は万能でなく偽陽性、偽陰性が存在する。検査前確率が重要である。
・高齢者が罹患すると若年者よりも重症化しやすい。
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感染経路と対策方法は両者で同じです(普通のかぜウイルスとも同じです)。
両者とも「のど・鼻・咳」といった上気道感染が基本ですが、共に肺炎になることがあります(インフルエンザウイルス自体による肺炎は稀と考えられていますが、2次的に細菌性肺炎を起こすことがあります)。
症状に関しては、インフルエンザには発症早期から高熱や強い倦怠感、新型コロナウイルスは嗅覚障害・味覚障害といった症状がありますが、これらは他の疾患でも起こりうるため症状から確定診断することはできません。
治療法ばかりが議論されがちですが、両者は特別な治療はしなくても自然の免疫力で軽快することが期待できる疾患です(現実的に多くの新型コロナウイルス感染者は自然軽快していますし、インフルエンザも抗インフルエンザ薬がなかった時代には自然軽快を期待するしかなかったわけです)。
疾患の性質を鑑みると、個々の患者さんへの治療という意味では発熱や咳のある患者さん全員に、何がなんでも両者の検査をしなければいけない疾患ではありません。
なぜ、このようなことを言うかというと、疑いが非常に低い状況で闇雲に検査をすると、偽陽性(本当は罹患していないのに検査が陽性に出る)が増えるからです。偽陽性かどうかは通常判断できないので、隔離・休養などによって本来は不必要な社会的資源の消費が行われてしまいます。悪性腫瘍のように自然軽快をしない疾患であれば、多少偽陽性が多くても検査を多く行うすることは許容されると考えますが、自然軽快をする疾患で軽症の状態であれば、上記の理由で確率が非常に低い状況では検査を行うべきではないと考えます。
もちろん相違点の項目で述べるように新型コロナウイルス感染症に関しては少なからぬ頻度で重症化しますし、インフルエンザも稀ながら重症化することがありますので、検査・治療をしなくて良いという意味ではありません。特に新型コロナウイルス感染症については治療だけでなく公衆衛生的な観点からの検査も必要になります。
一般的なかぜウイルスを含めて、症状からこれらの疾患を鑑別することは難しく、以前記事化したように迅速検査やPCR検査などの各種検査も決して万能ではありません。
検査について述べた以前の記事です。
そこで、判断において重要なのは、検査前確率(流行状況や接触状況など)になります。
例えば、家庭内全員がインフルエンザに感染している発熱患者さんは検査前からインフルエンザである可能性が高いので、検査陰性でもインフルエンザの可能性が十分あると考えます(場合によっては検査をせずに処方することも許容されています)。反対に、周囲に誰も新型コロナウイルス感染症の患者がいないような長期入院中の患者さんが発熱しても、新型コロナウイルス感染の可能性は極めて低いでしょう。
両者とも高齢者が罹患すると重症化率が高くなります。特に病院には多くの高齢者が入院しています。一口に高齢者といっても診療所に通院している患者さんとは大きく状態が異なります。病院や高齢者施設内でクラスターが発生することで大きな影響が出ます。そのため可能な限り、これらの場所にウイルスを持ち込まない体制が社会的に重要です。
次に、相違点を述べていきます。
●相違点
・新型コロナウイルス感染症はインフルエンザと比較すると肺炎になる確率、重症化する確率が高い。
・インフルエンザは確立された治療薬が存在する。ただし、著効する薬とまでは言えない。
・新型コロナウイルス感染症に対する治療薬としてエビデンスがあるのは、抗ウイルス薬でレムデシビル(注射薬)、重症化を抑える目的でのステロイド薬のみであり、いずれも入院患者が対象になる。現時点で外来で使用するのが想定されている薬は存在しない。
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新型コロナウイルス最大の問題は、決して少なくない確率で重症化し、死亡まで至ることです。今のところ治療は確立されておらず、レムデシビルやステロイドといった治療薬に関しても入院患者さんが対象となるような薬であり、一般外来治療で使用可能な薬は現時点でありません。また、臨床試験の成績を見ると、仮にこれらの薬を使っても依然として死亡率は高く、十分な効果があるとは言い難いのが現状です(ただし臨床試験のデータは流行状況や医療体制も違う他国のデータが中心なので、そのまま日本の診療に置き換えることはできないことにも留意が必要です)。
一方、季節性インフルエンザに関しては治療は十分に確立されています。ただし、その効果は特効薬と言えるような効果ではなく「症状がある期間を1日短縮する」といった程度の効果です。
インフルエンザ、新型コロナウイルス感染症の診療で、現実的に一般診療所で処方可能なのはインフルエンザに対する抗インフルエンザ薬のみです。その中でもオセルタミビル(タミフル®︎)が最もエビデンスが揃っており、広く使われている薬ですので、特別な理由がない限り、私はオセルタミビルを処方しています。
なお、バロキサビル・マルボキシル(ゾフルーザ®︎)に関してはオセルタミビルと比べて有効性が優れているわけではなく、使用経験も十分とはいえないため、原則処方致しません。吸入薬であるラニナビル(イナビル®︎)も同様にオセルタミビルと比較して有効性が優れているわけではないどころか、本邦でしか承認されていない薬であるため原則処方していません。
また、インフルエンザ自体はウイルス性疾患ですが、2次的に細菌性肺炎(肺炎球菌性肺炎が多い)を合併することが稀にあります。頻度は多くなく、インフルエンザ患者さん全員にレントゲンを施行することや抗生剤を処方することは推奨されていません(抗生剤にもアレルギーや下痢などのデメリットあります)。医師であっても1回の診察で経過を予測することは困難です。そのため、大切なのは受診後に息切れ、呼吸困難が生じたなど悪化があった場合に医療機関まで連絡頂くことだと考えます。
●診療の方針
以上を合わせて考えます。
診断において病歴や症状に加えて重要なことは周囲の流行状況と考えます。そのため検査を行うか行わないかは事前の状況も鑑みて判断致します。
インフルエンザと診断した方で、抗インフルエンザ薬治療の希望がある場合は原則的にオセルタミビルを処方しています。ただし、オセルタミビルの効果は回復を1日早める程度の効果であり、特に基礎疾患のない方であれば自身の免疫力によって自然治癒確率が非常に高いため、対症療法のみとすることも可能です。
受診時点での体調だけでなく、受診後の体調が非常に重要です。インフルエンザであっても経過は千差万別であり、受診後の経過を予測するのは医師であっても困難です。そのため、もし受診後に息切れの出現など体調の悪化が認められる場合は、医療機関まで連絡することが大切です。
●補足1:インフルエンザの休養期間、治癒証明・陰性証明について
インフルエンザの休養期間について、小児では学校保健安全法に「発症から5日かつ解熱後2日」と定められていますが、成人では決まりがありません。成人の方につきましては学校保健法の期間を参考に、休養期間に関しては職場との相談で決めて頂くようお伝えしております。
また、インフルエンザの治癒証明(陰性証明)には医学的な根拠・意義は乏しいと考えますので、職場の方もご理解お願い致します(厚生労働省のホームページにも明記されています)。
●補足2:抗インフルエンザ薬の使用について
インフルエンザ検査の適応や抗インフルエンザ薬の使用については意見が分かれるところが多くあります。特に国内外で考え方に差異があります。
日本ではインフルエンザの疑い(発熱)がある人は医療機関を受診し、検査を受け、陽性であれば抗インフルエンザ薬による治療を受けるということが全国的に幅広く行われています。
一方、海外ではインフルエンザ検査は日本のように受けることができず、仮に陽性であっても、特にリスクのない患者さんに対しては抗インフルエンザ薬は使わないということが行われています。
このような違いは医療へのアクセスの違いも大きいのですが、前提として抗インフルエンザ薬の効果が劇的なほどあるわけではないということがあります。
抗インフルエンザ薬の効果に関して「症状がある期間を1日短縮する」ということは一定して示されています。しかしながら、重症化を予防することや肺炎を予防することに関しては報告によってばらつきがあり、未だに確定的ではありません。治療効果があるからといって、重症化を防げるとは限らないというところが難しいところです。
これらの議論があることは存じ上げていますが、下記の日本感染症学会の提言を参考にしつつ、この冬の発熱患者さんの少しでも早い解熱が社会に与えるインパクトは大きいと考え、インフルエンザと診断した場合には抗インフルエンザ薬を原則的に処方するつもりです。
ただし、これまで通り、インフルエンザが疑われる場合でも発症48時間をすぎている場合など、抗インフルエンザ薬の適応がない場合には処方致しません。また、特にリスクがない方に関しては対症療法のみを行うことも十分許容される選択肢と考えますので、もし抗インフルエンザ薬を希望されない場合も可能です。
今回の記事作成にあたっては日本感染症学会の提言を参考にしております。
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