入院COVID-19患者に対するトシリズマブの効果 ー人工呼吸器装着や死亡率は低下させずー

今回紹介するトシリズマブはIL-6(インターロイキン6)受容体に対する抗体です。

トシリズマブは生体内の過剰な免疫を抑制する効果があります。関節リウマチなどの自己免疫疾患の治療に使われる他、がん治療の領域でもニボルマブ(オプジーボⓇ)などの免疫チェックポイント阻害薬の副作用で起こる過剰な免疫反応を抑える目的で使うこともある薬です。

COVID-19は疾患の早期ではウイルス感染がメインであるのの、感染からある程度時間が経って呼吸状態が悪化するような患者さんでは生体の過剰な免疫反応が原因なのではないかといわれています。

実際に免疫を抑制する薬であるステロイド(デキサメタゾン)の効果が認められています。また、COVID-19の重症者ではIL-6の血中濃度が高いことも報告されています。

このような背景からトシリズマブもその効果が期待されていました。

今回紹介する臨床試験は2020年4月20日から6月15日の間、ボストンにある7つの病院で行われました。

【方法】

今回の試験の対象となったのは、COVID-19の入院患者で人工呼吸器を必要としない患者です。その中で38℃以上の発熱、レントゲンの異常陰影、SpO2 92%を保つために酸素投与が必要な状態、これらのうち2つ以上を満たす患者が対象となりました。

参加者はトシリズマブとプラセボ群を2:1で割り付けられました。トシリズマブ群ではトシリズマブ 8mg/kgを1回投与されました。

主要評価項目は、人工呼吸器装着もしくは死亡までの期間です。2次評価項目は臨床的な増悪や投与開始時に酸素が必要だった患者が酸素を離脱できるまでの期間です。

【結果】

合計243人の患者が参加し、141人(58%)が男性でした。年齢の中央値は59.8歳(21.7-85.4)で45%の患者がヒスパニックやラテン系の人種でした。

人工呼吸器装着や死亡のハザード比は0.83(95%信頼区間 0.38-1.81)で有意差はありませんでした。28日時点で人工呼吸器装着もしくは死亡に至ったのはトシリズマブ群で10.6%、プラセボ群で12.5%でした。

14日時点で増悪を認めたのはトシリズマブ群で18.0%、プラセボ群で14.9%でした。酸素離脱までの期間の中央値はトシリズマブ群で5.0日、プラセボ群で4.9日でした。14日時点で酸素投与を受けていたのはトシリズマブ群で24.6%、プラセボ群で21.2%でした。

多変量解析の結果、人工呼吸器装着もしくは死亡のリスク因子として65歳以上の年齢、治療開始前のILー6濃度(40pg/ml以上)がありました。一方で、男性、糖尿病、肥満といったことはリスク因子ではありませんでした。これらに治療群間で差はありませんでした。

なお、本試験中にレムデシビルの有効性が示されたACTT-1試験の結果が出ました(デキサメタゾンの有効性を示したRECOVERY試験の結果は試験の後に出ています)。そのため、レムデシビルは全患者の約30%に投与されています。

【結論】

トシリズマブは入院COVID-19患者の人工呼吸器装着や死亡を低下させませんでした。信頼区間が広いため、利益もしくは害がある可能性はあります。

【個人的な意見】

今回の試験でCOVID-19に対するトシリズマブの効果が一概に否定されたわけではありませんが、冒頭で述べたように様々な背景から効果が期待されていた薬でしたので残念でした。改めて「理論」と「実際」のギャップを感じさせられました。

春に行われた内科学会の緊急シンポジウムでは、トシリズマブ投与によって著明に改善したのではないかという症例提示がなされていました。

ただ、COVID-19のように無治療でも自然軽快する疾患は本当に治療が効いているのか、たまたま自然に治ってくるタイミングで投与したので効いたように見えるだけなのかは判別困難です。

特に医師としては「なんとか効いて欲しい」という思いで治療をしているため、その思いに引っ張られて「○○という薬は非常によく効いた」という少数の患者さんに対する経験則に引っ張られてしまいがちです。

時に臨床試験に対して「明らかに(理論的に)効果があるのだから臨床試験を、しかもプラセボを対照として行うのは倫理的に問題なのではないか?」という批判もありますが、本当に「明らか」なのかどうかは検証してみないとわかりません。

従って、このような形(患者にも医師にも実薬か偽薬かわからない状態で、ランダム化して両者を比較する)によって本当に効果があるのかどうかを検証することは非常に重要な意義があります。

今回の試験で対象となった患者以外のトシリズマブの効果や他のサイトカインをターゲットにした治療が否定されたわけではありませんが、(本試験のように)ランダム化盲検試験を行うことが重要であると筆者らも強調しています。

また有益が情報があったら随時更新して参ります。

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